浅草寺

浅草寺は東京観光には欠かせない観光スポットですね😊
私は東京の近くに住んでいるのですが、浅草にはよく買い物に行ったり、食事を楽しんだり、とても好きな街です✨
外出自粛でちょっとご無沙汰してしまってますが、今、家で使っている唐辛子が浅草の老舗・やげん堀さんなので、今度、久しぶりに行こうかなと思っています😅 …さて、超超定番の浅草寺のご本尊は正観世音菩薩様を祀る観音堂ですが、お正月はお参りするのにビックリするような行列ができます😱
では、その浅草寺・観世音菩薩様…かなりの高僧が作ったとか…どんな由緒があるのかというと…実は、今から1400年くらい前の推古天皇36年(628)、宮戸川(隅田川)で漁をしていた漁師さんたちが張っていた網にたまたま引っ掛かった仏像が、浅草寺の正観世音菩薩様なのだとか…💦
この漁師さんたちは、檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)という兄弟、まさに超ファインプレーですね👍
…で、二人はご主人様である土師中知(はじのなかとも)さんのとこに持っていったら、とても有難いことだと、すぐさま出家して、何と自宅を寺にして祀ったとのこと…これが浅草寺の始まりと言われます🙂
その後、勝海上人や慈覚大師・円仁といった高僧の助力によって、伽藍が整備され、源頼朝さんや徳川家康さんといった時の権力者からの手厚い寄進もあり、江戸時代には、お江戸八百八町の中でも一番の賑わいになりました😊

浅草寺 宝蔵門

神仏習合が一般的だった江戸時代、浅草寺境内は、ご本尊様や寺を造った上記三人を祀る三社権現に始まり、お不動様、お薬師様、弁天、稲荷、地蔵…etc
その数、実に169体もの神仏が祀られていたのですから、まさに「神仏の博物館」状態。こりゃ、賑わわないわけがないですよね😅
そうなると、境内はいつも何かしらの縁日をやっていて、まさに日々イベント会場…ものスゴい技を見せる香具師(やし)だの、江戸で話題の美女が看板娘の茶屋だとか、当時から本当に賑わっていたんですね😊

※香具師:人出の多い場所で見世物をやったり、品物を売る人

さてさて、今も浅草寺に行ったら、雷門に仲見世通り、観音堂や浅草神社も欠かせませんよね😃
でも、境内には意外と知られていないけど、超パワースポットがけっこうあるんです✨

まず、恋人が欲しい人…💞💞
「久米平内堂(くめのへいない)」

久米平内堂

宝蔵門の手前に祀られています。この辺はメッチャ人通りが多いので、けっこう通り過ぎちゃう人も多いです。
由緒は、この平内さん、辻斬りだったとか、首切り役人だったとか言う浪人だったようで、自分が死んでから少しでも罪が軽くなるようにと、宝蔵門の前に自分の像を埋め、たくさんの人に踏んでほしいと願ったとか…
すると、それを聞いた人々は平内さんの願いである「踏みつける」から「文付ける」…何と恋文と変えちゃったとのこと😅
以後、本人の気持ちとは裏腹に縁結びのお堂として、恋愛のパワースポットになっちゃったとか💕
…でも、罪償いで造ったお堂が、多くの人の恋愛をサポートする存在になったので、平内さんもちょっと嬉しいんじゃないかなと思ってしまいます🤭

あと、お金が欲しい人💰💰
「銭塚地蔵堂」

銭塚地蔵堂

こちらは、浅草寺の裏側、ちょっと分かりづらい場所にあります。
今から300年程前の享保年間(1716~1736)、摂津国有馬郡(兵庫県西宮市)に山口某という武士が妻と二人の子供と暮らしていました。山口さん一家は、決して裕福とは言えないまでも、細々と清貧の生活をしていました。
そんなある日…
子供たちが庭先で、たくさんの寛永通宝が埋まっているのを見つけます😲
我が家もこれで、裕福な生活に…かと思ったのですが、山口さんの妻は、「理由ない金を自分のものにするのは武士として恥」…と考えて、金を埋め戻します。その後、この賢く、しっかりした母に育てられ、子供たちは立派に成長し家が大変繁栄したので、子供たちは金を埋めた場所にお地蔵様を祀ったとか…
これが現在も西宮市に残る銭塚地蔵尊で、浅草寺にも勧請されました😃
江戸時代の「賢母」と言われる女性がどのような人だったのか、今に伝える、とても素晴らしいご由緒ですね😊
堂内には原型をとどめていない石像が祀られていますが、それが「カンカン地蔵」で、石で打って塩を奉納すると、財福のご利益があると言われます🙂

カンカン地蔵

他にも浅草には紹介しきれない程の様々なスポットがあって、本当に大好きな場所です😊
…でも、今はコロナ事情で、そんな浅草寺も自粛で、とてもひっそりしてしまってしますが、時間が経って再び、浅草の華やかな賑わいが戻ってきてほしいですね。

アクセス(浅草寺観音堂)
東京メトロ銀座線、都営浅草線「浅草駅」より徒歩約5~10分

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