築地本願寺

今日の名所(築地本願寺)
パッと見た感じ、インド風の建造物に思えるこの建物、築地のシンボル的存在・築地本願寺です😊
築地は銀座からも歩ける立地で、都内でもNo.1の繁華街から晴海通りを歩くと、突然現れる異文化の佇まい…けっこうインパクトがありますね😅
本願寺というと、言わずと知れた浄土真宗のお寺ですが、それを大胆に異国風の造りにしたのが、日本を代表する建築家・伊東忠太さんです😊
明治42年(1909)、「建築進化論」を著し、日本の建築界に新風を巻き起こした方で、それを体現した作品がまさに築地本願寺。当時は世の中に鮮烈な衝撃を与えたのではないかと思います✨

さてさて、築地本願寺の始まりは、元和3年(1617)、西本願寺の別院として、横山町(現日本橋横山町付近)にて建立されました。西本願寺と言えば、浄土真宗でトップの寺院…その東京支店ですから、「江戸海岸御坊」とか「浜町御坊」などと呼ばれ、多くの人々の崇敬を集めた程🙂
いよいよ隆盛を極めようとしたその頃、西本願寺別院に災難が襲います… …明暦3年(1657)、振袖火事です🔥

浅井了意 むさしあぶみ〈国立国会図書館蔵〉

江戸の大半を焼き付くし、犠牲者10万人にも達したという、江戸時代で最大の災害。この西本願寺別院もあえなく焼失してしまいました。でも、これだけ大きな寺院ですから、当然再建されることになるのですが…

ここで、西本願寺別院にもう一つの災難が待っていました😣

折しも、江戸は振袖火事からの復興の真っ只中。幕府の方針で災害に強い街作りをと、区画整理が計画されます。 …何と、幕府は旧境内地の近くに火除け地帯(両国広小路)を造るとか言っているではありませんか❓❓😲
なので、当然、西本願寺別院は旧地への再建は🆖
じゃあ、代替え地をください🙏と幕府にお願いしたところ… 「海の上なら建ててもオッケー」

さてさて、困った😖💦

しかし、ここで思わぬ救世主が…西本願寺の門徒・佃島の漁師さんたちです。

佃島初代名主・佃忠兵衛報恩塔(築地本願寺境内)

彼らは本堂再建のために、海を埋め立て土地を築くと、ついに延宝7年(1679)、その地に西本願寺は再建されることになりました。そして、埋立地に本坊が建てられたことから「築地御坊」と呼ばれるように…

そうです、「築地」という地名は「埋め立てて築いた土地」ということだったんですね😊

鉄砲洲築地門跡〈国立国会図書館蔵〉

こうして、振袖火事から約20年余、西本願寺は新天地にて無事にその法統を守ることができ、その歴史は現在までずっと続いています✨
しかも、江戸時代の築地本願寺の境内は今よりもずっと広く、お隣の築地場外市場を含む広さだっとか🤔
今でも場外市場の敷地内には、圓正寺さんや称揚寺さんなど、本願寺派の寺院があるのは、旧境内地の名残です。

この日は、築地本願寺にお参りしたあと、やっぱり場外市場に行って、食材を調達し、美味しいランチをいただきました🙂

築地本願寺に行ったら、場外市場とセットで楽しめるのが良いですよね😃
他にも浜離宮恩賜庭園や歌舞伎座、銀座など、徒歩15分圏内に名所もたくさんあるので、色々楽しんでみてくださいね😊

アクセス

築地本願寺
東京メトロ日比谷線「築地駅」1番出口よりすぐ